辻仁成氏の「フランスで差別された時の対処法」バイカルチャー母の視点で考える

作家辻仁成さんのブログ「フランスで差別された時の対処法」の内容は、海外で育つ日本人やハーフの子ども達のアイデンティティ形成の苦労を知っている私には納得のいかないものでした。バイカルチャーの子どもに武士道精神論を説いても子どもが苦しむだけ。バイカルチャー母が説明します。

辻さんのブログ記事はこちら

【渡仏日記「フランスで差別された時の対処法」】

辻さんは生まれ育った国フランスで差別を受けたと憤慨する高校生の息子さんに、「差別を受けたと思った時点で負け。」とお説教します。

私は我が家の日加バイカルチャーの子ども達のアイデンティティ形成には細心の注意を払って育ててきました。なのでこのように、モノカルチャーな親の一方的な目線でバイカルチャーの複合型アイデンティティ形成途中の子どもを叱るのにはたいへん違和感があります。

では辻さんはどのように対処すれば良かったのでしょうか。

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息子さんが差別と感じた出来事

辻さんの息子さんは、パリの美容院で客のマダムに「ニンハオ」とからかうように言われたと、家に帰り辻さんに不満を言いました。中国人やマイノリティに対するフランス人の差別意識を15歳の息子さんが感じた瞬間です。しかし、辻さんは一緒に憤慨してくれるどころか反対に息子さんを叱責しました。

カエデ
叱られるとは思わなかったでしょうね。

このマダムもあまりに幼稚な行動ですし、実際マダムが息子さんを中国人と間違って挨拶したかったのか本当にからかったのかは定かではありません。でも、息子さんが嫌な気持ちになったことは事実なのです。

昔私が若かりし頃、パリで夫とデート中に隣のテーブルの若いフランス人のグループ(男女ミックス)ににこやかに「コンニチハ」と声をかけられたことがあります。しかし、私は無視しました。なぜか?「ニイハオ」や「チャンチャンチー」ではなくちゃんと私を日本人と分かって声をかけてきたのに、です。

私はそのように声をかけられたことが単に不愉快だったんです。それ以前に8か月パリに住んでいた時は(人種差別かどうかは分からないけれど)フランス人に完璧に無視されていたのに、白人である夫と一緒だと手のひらを返したように皆親切なのです。その態度の差に私はむしゃくしゃしたのかも知れません。

ここで大事なのは、マイノリティである息子さんがマジョリティの差別を自分の母国ではっきり意識し、彼が嫌な気持ちになったことなのです。「自分の非」としてなかったことにすることではありません。

親が叱った内容

そこで辻さんは、「言い返せないならば、自分が悪いと思え。」 、「パパはフランスで一度も差別を受けたことがない。それは堂々と自分を主張し、一点の恥もなく生きているからだ。」と日本人の好きな精神論を述べます。これではイジメを受けた子どもに「堂々としていないからイジメられるんだ。」と言っているようなもので、差別された側を非難する行為です。

ただ、辻さんが言うように、フランス人は特別な才能があったり、自立して堂々と自己主張できる人には人種を問わず敬意を払う傾向があります。しかし、これは成長して自分のアイデンティティも確立し相手も自分も客観的に見れる大人だからできることです。それを15歳の、まだ手探りで自己のアイデンティティを掴もうとしている子どもに言うのは酷な気がします。

そして、日本のマスコミが辻さんの叱責を「世間が賞賛している」とあおっているのも怖くなりました。

カエデ
マスコミはあおるから怖いわね

親子の認識のズレの原因

この親子の認識のズレはなぜ起こるのでしょうか。それはモノカルチャーの親の想像力の欠如だと言えます。

日仏にまたがる複合アイデンティティ形成途中にある息子さんの葛藤を、日本で育ち日本人のアイデンティティを確立した大人の辻さんが想像できないのです。

文面から辻さんが息子さんに日本人らしくなってもらいたいという希望は読み取れます。でも息子さんはフランス人でもあり、日本よりフランスのほうがすでに第一の母国なのです。私の息子も、「カナダは親で日本は叔父さんのような存在」と言います。近い存在だけれども叔父さんは親にはなれません。

そして、その親である国で差別されたと思う息子さんの不快な気持ちをお父さんに否定されたら、彼は一体どこで処理したら良いのでしょうか。

海外で育つ子どものアイデンティティクライシスとは

マイノリティグループに属する子どもが自分の文化を恥じるところがあると、母文化を捨て現地文化のモノカルチャーになりアイデンティティが揺らぎます。一般に言うアイデンティティクライシスです。

移民の子どもの複数言語習得やアイデンティティに詳しいジム・カミンズ博士は、マイノリティの児童、生徒が弱者の立場、差別される立場にいると学校でも弱者の立場にあり、アイデンティティが揺らぎ、言語障害、学習困難、低学力などに陥りやすい言っています。

カエデ
アイデンティティとは子どもの心の成長にとても大事なものなのです。

辻さんの息子さんにとってフランスは第一の母文化でありながら、自分の親は日本というマイノリティ文化に属するグループで子どもにも日本人らしく振舞うように要求します。しかし、息子さんにとって日本は遠い国でありフランス社会での日本の地位はそれほど高くありません。だから息子さんにとってはフランス人らしく振舞うことがフランス社会に受け入れられる大前提なのです。親の悪気のない無理解が、文化のはざまにいる子どもを苦しめることになりかねません・

「堂々と自分を出せば負けることはないんだ。(中略)殺されることにおびえ、一生差別を受け入れて生きることはパパにはできない。パパが殺されたら誇りに思え。」と、差別やイジメに身の危険を冒しても立ち向かえ、など言ってることが滅茶苦茶です。私なら絡まれたらまず逃げなさいと言います。

親はどう対処すべきなのか

では辻さんのような状況で親はどんな態度を取るべきなのでしょうか。

私なら、説教の前に黙って子どもの話を聞き、「それは嫌な思いをしたね。」と、子どもが嫌な気持ちになった事実に対して共感の言葉をまずかけます。これは海外であろうが日本に住んでいようが同じです。お説教や教訓の前に共感です。

「日本の方がフランスより礼儀も精神力も立派だ。」と言うのもフランスも母国である息子さんのアイデンティティを無視した言葉です。私が日加バイカルチャーの自分の子ども達にそんなことを言ったらまたたく間に反論されるでしょう。何を根拠に日本のほうが立派だと言えるのかと。我が家の子ども達は複合アイデンティティを持っていることで、国や人種の違いだけでなく、周りの出来事に対しても公平な眼で見ようとする態度が身についています。

ですのでこの場合は、日仏2文化の中で育つ子どもの立場を理解し、マイノリティゆえに差別されたと思う子どもの悔しさに共感し、その上で効果的な対策を立てるのが正しい順序です。

カエデ
フランス人に日本語でまくし立てるという対策はあまり効果はないでしょうね。

まとめ:まず子どもの気持ちに寄り添おう

辻さんの息子さんはこれくらいの親の叱責にはへこたれないのかも知れません。

しかし、私が心配なのは、彼のこの記事を読んだり、彼の叱責の行動を讃えるようなマスコミの反応が、実際に海外で子どもを育てている親御さんに間違った情報や印象を与えないかとそちらの方が気になります。

海外で育つ子どもにとっては今いるその社会で生き抜くことが一番大事な問題なのです。バイカルチャーの子どもの気持ちに寄り添い複合型のアイデンティティ確立の手助けをするのが親の役目だと言えるでしょう。

カエデ
親はいつも子どもの味方であり港です

参考文献:

 

 

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